Photo credit: Hervé S, France on Visualhunt

 

それは音もなく静かに忍び寄り

時候の挨拶のように告げる

激しい雨も降らず

強い風も吹かない

ただ穏やかに「終わりだよ」と

 

 

燃えるような喜びも

うっとりする温もりも

跡形もなく消えて

僕たちはただ歳を重ねただけ

憎しみさえも残らない

 

 

僕の手の中にはあなたの写真

僕が気に入るようにすました顔だ

ただ今は

幾度となく見つめた瞳が

他人のように遠くを見ている

 

 

 

ご飯を食べてコーヒーを淹れる

いつもの仕事に取りかかる

途中で何度も何度も

あなたのメッセージを読み返す

僕の問いには答えず

気持ちを消した短い言葉

新しい行はない

無表情のまま僕は仕事に戻る

 

 

 

普通の顔をして

落ち着いて運転する

いつものように後ろに流れる景色

何も変わらない

「そうだろ」

そう口にすると

嘔吐くように

叫びの塊が喉の奥を上がる

 

 

 

それでも僕は

黙って運転する

ふと景色が滲む

路肩に車を停める

ありふれた景色を見まわし

「何もないな」とつぶやく

深呼吸して車を出す

 

 

 

潔癖さと意固地さのために

僕はすべてを掬い損ねた

たったひとつを除いて

それももうすぐ僕から旅立つ

 

 

 

ハンドルを握ったまま

ミイラになりたい

目的地なんて最初からない

ただ少し勘違いした

あなたと行くべき場所があると

それは雲海に浮かぶ城

季節の移ろいで変わる花々

かわいい囀り

うっとりする柔らかい毛並み

 

 

 

あなたには過去がない

僕が背負う荷を見せても

すぐに思い出せなくなる

愛なんてない

あの瞳の輝きも

柔らかい指の動きも

過ぎ去れば無に帰する

わかっていたけれど

できると勘違いした

僕は昔と変わらず

過ちを犯した

 

 

 

きらめく緑

風に揺れる花

雛を抱く燕

どこまでも続く川

あなたと見る世界に

僕は無邪気にも

取り戻せると思った

僕はたしかに幸せだった

 

 

 

無慈悲にも時は現在に戻って

僕たちはなんでもない

最初から最後まで

何もない

何もないんだ

 

 

 

あなたにとって僕は

役に立たないただの他人だ

 

 

 

 


とにかく僕はなんでもない顔をしなければならない。

それは僕があなたを愛しているから。

いつでも。いつまでも。