すべて


Photo credit: Clive Varley on Visualhunt

 

草の匂いの中。君はまるで世界のすべてが新しくなったかのように、あたりを見回す。おぼつかないがそれでもしっかりと地面を踏んで、駆けては止まり、しゃがみ込んではまた歩き出す。日射しは強く、君の頬には汗が輝いているが、君は少しも気にしていない。跳ねる虫に顔を近づけようとしたと思うと、鳥の声を見上げて眩しそうに目を細める。私は君を木陰に迎え、帽子を脱がせて汗を拭いてやる。君の瞳は、私の顔と明るい方へと交互に向けられ、肩を上げて満足そうに大きく一呼吸ついた。

 

そこにはすべてがある。

 

君の小さな頭を私の手で包んだこと、私にしがみついて泣いたこと、先に走って行って振り返り「早くおいで」と笑ったこと、悪態をついてドアを壊したこと、反抗的に押し黙って助手席から外を見つめている横顔、赤い空が映る瞳。

私が部屋の隅でうつむき続けていたこと、哀しみですべてを忘れようとしたこと、あてもなく街をさまよい歩いたこと、青い波の下の静けさ、雨の向こうの埠頭、震えるような恋、猫の手触り、私が朽ちる瞬間、私がはじめての呼吸をしたとき。

 

すべてがある。

 

それは止まることなくまわり続ける光であり、微動だにしない暗闇であり、たった一つの砂粒であり、永遠である。

流れ続ける川面の手触り。

私たちの頬を撫でる風はいつも違う。
でも必ずここに戻ってくる。
この完璧な世界に。